沿革
明和年間(1760年代) |
初代久佐エ門が長野市西後町(善光寺門前)に店舗を構え、累代鍛冶・金物の業を世襲す。 |
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明治初年 | 従来の鍋屋久佐エ門を鍋久銅鉄店と称し、鋼材、工具、金物を主たる取扱品目として県内諸官庁、工場、建築業小売店等をお得意様として営業。 |
昭和初頭 | 溶材部門(酸素ガス、カーバイト、溶接機器等)を取扱品目に加えさらに工務部門(鉄筋、鉄骨工事請負と建築用金物の製作)を併せて営業。 |
昭和3年 | 株式会社に改組 |
昭和38年(1963) | 長野市の発展に伴い、創業の地が繁華にすぎ交通難の中心となる等現業に不向きとなったため緑町に新社屋と倉庫を建設、移転。 |
昭和39年(1964) | 鋼材部門、工務部門の伸長により、市内若里に倉庫及び作業所を新設。 |
昭和42年(1967) | 従来の社名株式会社鍋久銅鉄店を株式会社鍋久に名称を変更。 |
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昭和45年(1970) | 市内松岡地区に鋼構造物の設計・制作・施工製作工場を新設、移転。 |
昭和47年(1972) | 業務の拡大に応じ、本社を緑町から若里事業所へ移転。 |
平成 4 年(1992) | 21世紀を展望し脱皮をはかることとし、トライアン株式会社を設立して、事業の大半を株式会社鍋久から移行。 |
平成 8 年(1996) | 市内松岡に新社屋、工場を新設、移転。 |
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平成 9 年(1997) | 株式会社ブラット設立。市内若里の旧社屋、工場跡地に長野県下初のスーパー銭湯「湯あそびひろば ぶらっと」オープン。 |
平成14年(2002) | 鉄筋工事部門を分離し、トライアンテクノメタル株式会社を設立。 |
平成15年(2003) | 新潟営業所開設。 |
平成17年(2005) | 東京営業所開設。 |
平成18年(2006) | 山梨営業所開設。 |
平成19年(2007) | ライフライン長野株式会社をグループ統合し、水道・ガスの本管、内管工事及びリフォーム工事事業を開始する。 |
平成21年(2009) | 名古屋営業所開設。 |
平成22年(2010) | ライフライン妙高株式会社を設立。 仙台営業所開設。 |
平成29年(2017) | 防災テクノプラン株式会社を設立。 |